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1: 名無しさん@おーぷん 2014/07/29(火)23:38:24 ID:kNh0mpNg5

「父さんの再婚相手な、大学生なんだよ」

 父の口からそれを聞いたとき、思わず鼻で笑ってしまった。
 つまらない冗談だと思った。
 それが本当のことだと、私が知ったのは今から半年前だ。

 夏には眠れない夜が、ふと訪れたりする。
 そして、そんな日は怖い話を聞いたり話したくなったりする。
 
 今日がまさにそんな日だ。

 怖い話が聞きたいって人は、よかったら私の話につきあってほしい。
2: 名無しさん@おーぷん 2014/07/29(火)23:40:45 ID:Dcjh0tQNZ
ほほう

3: 名無しさん@おーぷん 2014/07/29(火)23:42:54 ID:kNh0mpNg5

 実はさっきまで会社の後輩と飲んでたんだ。
 だから今でもすこし酔ってるけど、話すのに支障はないと思う。

 後輩にも『母親』とそれに関係することを話をした。

「俺でよかったら、いくでも話聞きますよ」

 気立てのいい後輩はそう言って、グラスをかかげた。

 店員にすすめられたカクテルに口をつけたあと、
 私は私の年下の母親について、後輩に語った。

6: 名無しさん@おーぷん 2014/07/29(火)23:47:51 ID:kNh0mpNg5

 私と彼女が出会った場所は喫茶店だった。
 もちろん、その場には父もいた。

「どうもはじめまして」

 私の母親になる女が頭をさげる。
 明るい髪が肩からすべりおちて、甘ったるいにおいがした。
 その女の見てくれは、いかにも女子大生といった感じだった。

「先生から話は聞いてます。私はカホって言います」

 先生……父のことだ。私の父は大学教授をしていた。

8: 名無しさん@おーぷん 2014/07/29(火)23:51:57 ID:kNh0mpNg5

「見てのとおり、カホはお前より年下だ。
 だけどお前の母親になる女性だ。
 最初は戸惑うこともあるだろうが、大丈夫。すぐ慣れるさ」

 私はなにも言えなかった。
 カホという女が理解できなかった。


 なぜこの女は、こんなろくでもない父親と結婚したいと思うのか。


 このことに関しては、今でも知らない。
 そして、一生知ることもないと思う。

11: 名無しさん@おーぷん 2014/07/29(火)23:55:15 ID:eejKDjVkz
   親が年下とか想像できん

12: 名無しさん@おーぷん 2014/07/29(火)23:56:04 ID:kNh0mpNg5

 私の本当の母が死んだのは一年前。事故死だった。

 母と父の関係は、はっきり言って最悪だった。
 ふたりが家にいるだけで空気は張りつめ、肌に突き刺さった
 父と母が口をきくのは、口論のときだけ。

 母の死が悲しかったのはまちがいない。

 だけど安心もしていた。

 住人がひとり欠けたことで、私の家は平穏になったのだから。

 もっとも。私の家は新しい母親によって、ゆがんでいくことになる。

15: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:00:02 ID:3SI4oKKea
   そんなに年いってても性欲あるもんなん?

17: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:01:39 ID:X0Nc9eZGV

 >>15
   やることはやってたみたい
   洗濯機にふたりの下着がまとめて入ってたりしたし


 喫茶店で会ってから一週間後には、カホは我が家に住むようになった。


 「最近はユイちゃんの味の好みもわかってきたつもりだけど、どう?」

 カホの質問に私は「うん」とだけ答えた。

 カホがこの家で寝泊りするようになって一ヶ月。
 このわずかな期間に彼女は、私の好みを正確に把握していた。

 私の予想とは裏腹に、彼女は良妻と言っていい働きをしていた。 
 家事はきちんとやるし、気配りも申し分ない。
 大学生活と主婦業をきちんと両立させていた。 

 「本当に? なんだか歯切れが悪いけど」

 カホの言葉に私は首をふるだけで答えた。

18: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:03:13 ID:R29y0fSGy
   >>1はいくつ?

23: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:06:52 ID:X0Nc9eZGV

   >>18 
   今年で27



「お父さんもいっしょにご飯、食べればいいのにね」とカホが言った。

 父は私たちと食事をしないことがよくあった。
 正直、私には父のことなんてどうでもよかった。

 昔は仲のいい親子だったと思う。

 だけど、気づくと私と父の関係はいびつなものになっていた。

 「どうして?」と私が聞くと、カホはこう答えた。


   「だって、私たちは家族でしょ?」

   「家族?」

   「ちがうの? 私、なにか変なこと言ったかな?」


 無性に反論したくなったが、言葉は出てこなかった。

19: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:03:21 ID:3SI4oKKea
  年上なんだからユイちゃんはないよな。

25: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:10:55 ID:X0Nc9eZGV


 「まだあの人とは結婚してないから、正確には家族ではないけど」

 カホが私の顔を見る。なぜかゾクッとした。


 「いずれは家族になる。あなたともね」

 「……あなたは私よりも年下なんだよ? なにも思わないの?」

 「ちょっと特殊かもね。でも、それになにか問題が?」


 「想像してよ」そう言った私の声はふるえていた。


 「母親が自分より年上の、娘のきもちを」

 「奇妙に感じるかもね。でもそれも、ひとつの家族のかたちでしょ?」

 「そんな簡単な言葉ですまさないで」


 カホと同居するようになってから、はじめて私は本音を口にした。

26: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:11:03 ID:vU9kbVvId
   女っていうのは最初だけは良妻なんだよなぁ...

28: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:16:02 ID:X0Nc9eZGV

 「ずっと前から疑問だった。
 あんなおっさんと結婚しようなんて、本気で考えてんの?」

 カホの表情がわずかにくもった。

 「年齢だって三十は離れてるでしょ。どう考えたっておかしいじゃない」

 なぜこんなに彼女に突っかかるのか。
 自分でも不思議だった。
 でも彼女と同じ空間にいてはいけない、本能がそう言っていた。

 「だいたい。家族やまわりの人たちは、このこと知ってるの?」

 「家族はいない」カホが目をふせた。

  家族がいない。その一言で、私は次の言葉を見失ってしまった。

30: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:19:13 ID:yB5NRpEMO
  何かありそうだな

31: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:21:47 ID:X0Nc9eZGV

 「このことは友達にも知り合いにも、誰にも話してない」

 「あなたもおかしいって自覚はあるんでしょ?」

 「……」

 「だから誰にも言えない。私の言ってること、まちがってる?」

 カホが押しだまる。

 「そうね、ユイちゃんにはわからないだろうね」

 「わかりたくもないね」

  私は席を立った。
  料理はまだ残っていたけど、食欲は完全に消え失せていた。

  部屋を出る直前に背後で「おやすみ」と聞こえたが
  扉をしめてそれをさえぎった。

  この日はさっさとベッドで寝て、最悪な夜を短くした。

35: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:24:09 ID:X0Nc9eZGV

   今から考えれば、まだこのときはよかった。

   すくなくともカホは、私の中で非常識な女で終わっていたから。

   その認識がまちがっていたと気づいたのは、次の日からだった。

36: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:30:23 ID:X0Nc9eZGV

 次の日。
 満足に眠れなかった私は、寝ぼけたまま一階へおりた。

 リビングに入ろうとドアを開けたら、カホが扉の前にいた。
 思わず出そうになった声を、なんとか飲みこむ。

  「おはよう」

  私はカホを無視して、そのまま彼女を横切ろうとした。
  だけどカホに腕をつかまれて、とまらざるをえなかった。

   「おはよう、ユイちゃん」

   カホがにっこりと笑った。
   昨日のことなど、まるでなかったように。

  「おはよう」とさらにもう一度、彼女が言う。

37: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:31:33 ID:R29y0fSGy
   怖くなってきたなwwwww

39: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:32:53 ID:yB5NRpEMO
   ひえぇ

40: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:34:29 ID:XN8YUrQ2f
   お前無愛想すぎだろ・・・

41: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:35:52 ID:3SI4oKKea
  カホは、加藤茶の嫁で脳内再生してるわ

42: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:37:10 ID:X0Nc9eZGV

 手をふりほどこうとしたが、彼女の力は予想外に強くてふりほどけない。
 おはよう、とまたくりかえす。
 本気でこの女がなにを考えているのか、想像できなかった。

 「おはよう」

 声の調子も表情も、なにひとつ変わらない。
 私は無意識に息をのんでいた。

 「おはよう」

 「……」

 「おはよう」

  私は気づいたらあいさつを返していた。

 「おはよう」

 「今日もいい天気だね。あっ、冷蔵庫にサラダあるから食べるんだよ」

  カホはもう一度にっこり笑って言った。


「じゃあ『お母さん』は大学、行ってくるから」

45: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:43:02 ID:X0Nc9eZGV

 あの日からカホは変わった。


  「ご飯を食べるときは、いっしょにいただきますをしようね。 
  『お母さん』より先に食べたらダメだよ」 

  「洗濯機にものを入れるときは、下着や靴下はべつべつで洗うって言ったでしょ?」 

  「床にものは置いちゃダメだよ。 この前も『お母さん』言ったよね?」 


  小言が増えただけのように思えるけど、それは誤解だ。
  最初のころは、意地になって私はカホの言葉を無視しつづけた。

  普通の人間だったら、あるていど無視されれば
  怒ったりあきらめたりするはず。

  だけど彼女はちがった。

46: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:43:19 ID:yB5NRpEMO
   確かに不気味だ

48: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:47:42 ID:X0Nc9eZGV

 延々と同じことを言い続けるのだ。
 一文一句、完全に同じことを。同じ調子で。

 一度、根比べのつもりで彼女の言葉をずっと無視した。
 だけど一時間経過しても、彼女は同じ言葉を繰り返しつづけた。
 最後には私が根負けして、彼女の言葉にしたがった。

 そして今も。

  「使わないコンセントはぬいて。前にもそう言ったよね?」

  「……」

  「使わないコンセントはぬいて。前にもそう言ったよね?」

  いつもの笑顔で、同じ言葉を吐きつづけるカホ。
  我慢の限界だった。

  気づいたときには、私は彼女の言葉をさえぎるように叫んでいた。

49: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:48:50 ID:yB5NRpEMO
   これはキツイわぁ

50: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:52:03 ID:X0Nc9eZGV

  「なんなのあんたは!?   
  注意するなら普通に注意すればいいじゃない!? 
  なんでそんな同じことをずっと言っていられるわけ!? 
  頭おかしいんじゃないの!?」 

  みっともなく声は震えていた。カホの唇が止まる。 

  「私に構う暇があるなら、あの人の面倒を見ればいいでしょ!?」 

  言葉は吐き出すほど不安に変わって、私にのしかかっていく。 
  必死でカホをにらむ。 
  私の叫びなど聞こえていないかのようだった。
  カホの笑顔は微塵も崩れることはなかった。 

  そして。

  「使わないコンセントはぬいて。そう言ったよね?」 

  カホは言った。さっきと寸分変わらないトーンと微笑みで。

51: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:52:04 ID:3SI4oKKea
   使わないコンセントいちいち抜くのはめんどいわー

53: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:54:32 ID:R29y0fSGy
   no title

54: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:55:08 ID:yB5NRpEMO
   これは怖ひ

55: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:58:13 ID:X0Nc9eZGV

 声にならない声が喉から漏れ出た。 
 
 私はリビングを飛び出して自分の部屋へと逃げた。 
 扉を勢いよく閉めて、鍵をかけた。
 布団へと潜りこんで耳を塞ぐ。 

  「お母さん……!」 

  私は祈るようにそうつぶやいた。 
 
  扉をノックする音が、耳を塞いでいるのにも関わらず聞こえた。 

   『使わないコンセントは抜いて。そう言ったよね?』 

  あの女の声が扉越しに私を追い詰める。
  目をきつく閉じる。
  なのにまぶたの裏では鮮明に、カホが微笑んでいる。

   『使わないコンセントは抜いて。そう言ったよね?』 

   「……はい。ごめんなさい」 

   私は声をしぼり出した。
   扉のむこうでカホが満足そうに笑った気がした。

56: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:58:29 ID:q8LWO2Yy1
   ガチでヤバいやつじゃん

57: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)00:59:15 ID:3SI4oKKea
  録画してパパンに見せたらよくね?

59: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:00:30 ID:yB5NRpEMO
   >>57不仲だから意味ないんじゃね?

60: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:01:38 ID:3SI4oKKea
   >>59
   これだけおかしかったら、パパンも『うわ、メンヘルやったことやで』って気付いて分かれるんじゃね?

61: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:01:43 ID:lnlXbLzOJ
   >>57
   そういう建設的な事をしないのが
   SSの魅力

63: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:03:30 ID:X0Nc9eZGV

 『ユイちゃんは本当はできる子だもんね』カホは言う。

 『お母さん』がどうこう言わなくても、一人でなんでもできるもんね』 

  はい、と私は反射的に頷く。 

 『今度は同じことを『お母さん』から注意されちゃダメだよ』 

  カホが扉からはなれていくのがわかる。
  安堵のため息がこぼれた。 
 


  それから二ヶ月が経って、カホと父は入籍した。 
  式はあげなかった。
  私は家のことについて考えるのをやめた。 
 
  そして。
  カホの異常は父にまでおよぶことになる。

65: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:07:48 ID:EmWyB9xoB
   27で仕事してるなら、一人暮らししなさいな

67: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:09:26 ID:3SI4oKKea
   >>65
   建設的なことを言うな!

66: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:09:03 ID:X0Nc9eZGV

 二人が結婚してから一ヶ月。 
 私はカホの異常性が、父にまでおよんでいたことを知る。 

 このころの私はカホの言うことを、素直に聞いていた。
 そうすることでやりすごしていた。
 
 この日は仕事がやすみで夜遅くに帰宅した。 

  『なんだカホ。俺がなにかしたのか?』 

 ブーツを脱ごうとしたときだった。 
 父の声がリビングの扉越しに聞こえてきて、私は手を止めた。 

  『なにを怒っているの?』 

 カホの声は父のそれとは対照的に淡々としていた。 

  『お前こそなんなんだ?  俺がなにかしたのか?』 

  『言ってる意味がわからないよ。 
  お風呂入ったら、って言っただけじゃない』 

  そこでふたりの会話がとまる。

68: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:09:56 ID:Fh0OlqERQ
   洒落怖とか目じゃない怖さ

69: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:13:08 ID:X0Nc9eZGV

 父がリビングから出てきた。 
 父は私に気づいたが、なにも言わずに二階へあがっていった。 

  「おかえり、ユイちゃん」 

  カホがリビングから出てくる。 

  「なにかあの人とあったの?」 

  「べつになにもないよ?」 

  「あの人が声を荒らげてるのなんて、見たことないんだけど」

  きっと疲れてるんだよ。
  それだけ言うとカホはリビングに引っこんだ。

70: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:17:57 ID:X0Nc9eZGV

 カホの異常さはいやでも目についた。 

 その日はめずらしく『家族三人』での食事だった。
 だけど、会話らしい会話はほとんどない。 
 カホが一方的にしゃべっているだけ。 

 以前までは父も話していた。
 だけど最近は、声を聞くことさえなかった。 

 父が食事を終えて、リビングから出ようとしたときだった。 


  「お風呂に入るでしょ?」 


 静かな居間に、カホの声がひびく。 

 父は立ち止まりこそしたが、ふりかえりはしなかった。 
 その背中にカホはまた同じ言葉をかける。 

  「お風呂に入るでしょ?」

72: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:21:23 ID:Fh0OlqERQ
   これは・・・・たまらんな

73: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:22:04 ID:IBwlF9jQp
   うん…こんな家私なら早く逃げたいけどな、1には何か理由があるのかもね

75: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:25:15 ID:X0Nc9eZGV

  「……あとにする。先にキミが入れ」 

  「お風呂に入るでしょ?」 

  背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
  この女はついに父にまで、自身のもつ狂気を向けたのだ。 

  「俺はやることがあるんだ。 
  あとから入るからお前とユイが先に入れ」 

  父の声は明らかに苛立っている。 

  「お風呂に入るでしょ?」 何度目かになるカホのセリフ。
  カホの顔には、あの微笑みが張りついていた。 

  「お風呂に入るでしょ?」 

  父がカホを振り返る。 

  「……わかった。入るよ」 

  「うん。一番風呂で寒いかもしれないけど我慢してね。 
  あ、お父さんが出たら次はユイちゃんが入ってね」 


  私はだまってうなずいて料理を口にする。
  口にふくんだカホの料理は冷めきっていた。

81: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:32:09 ID:X0Nc9eZGV

 カホのせいで家の中の空気が、変化していくのを私は感じとっていた。
 重くのしかかるような空気が、家全体を覆っていく感覚には覚えがある。 
 
 この家が私にとって、心安らぐ場所だったのはいつのころだったのだろう。 


 ここのところ、まどろみの中で『母』をさがす夢を見る。
 この日もずっと『母』をさがしていた。
 だけどなにか大きな音がして、唐突に現実に引きずり戻された。 

 からだを起こして、机のうえの目覚まし時計を確認する。 
 時刻は夜中の二時だった。 

 音はリビングから聞こえた。 
 私がリビングへと駆けつけると、父とカホがいた。

83: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:36:46 ID:X0Nc9eZGV

 カホは床に座りこんで頬をおさえていた。 
 「な、なにがあったの?」と私の問にはふたりとも答えなかった。


 「お前が悪いんだ……」 


 父の顔は怒りに強張っていたけど、同時に紙のように白かった。 
 やせ細って骨ばった父の拳には赤い血がこびりついている。 
 呆然とする私を父が横切ってリビングから出ていく。 

 「どこへ行くの!?」 

 私は父を問いただすために追おうとして、結局やめる。 
 カホの様子を見ることを優先した。

84: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:37:32 ID:3SI4oKKea
   とうとう、鉄拳制裁か・・

85: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:38:19 ID:CMndssplx
   マジでどうなっちまうんだよ

86: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:41:57 ID:X0Nc9eZGV

 「大丈夫?」 

 唇の端が切れたのか、出血していた。 
 父がカホに手をあげたことに、私はなぜかショックを受けていた。 

 「言いすぎちゃったのかな。怒らせちゃったみたい」 

 カホがおかしそうに笑った。 
 笑うと唇が痛むのか、その微笑はいつもとちがっていた。 

 「またなにか言ったの?」 

 「少し注意しただけだよ、わたしは」 

 「それだけで手をあげたって言うの、あの人は?」 

 「そういう人でしょ、あの人は。 
  あなただってそんなことぐらい、わかってるくせに」 

  私は肩をかして、ソファにカホを横たわらせた。

88: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:46:34 ID:X0Nc9eZGV

 「前にも聞いたけどさ。なんであんな人と結婚したの?」 

  カホが答えようとしないので、私はそのまま続ける。 

 「あの人はクズだよ。お母さんだってあの人のせいで……」 

 「そうだね」 

  カホは自分のお腹に手をおいた。 

 「あの人は奥さんがいても、平気で不倫とかしちゃう人だからね」 

  母の生前、父が不倫をしていたことを私は知っていた。 
  そして、その不倫相手の一人が目の前の女なのだ。 

 「わかってたんでしょ? 」私は言った。

 「アイツが人間としてどうしようもないクズで、最低なヤツだって」

90: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:50:55 ID:X0Nc9eZGV

 「ええ、もちろん」 とまたカホは笑う。
 「じゃあ、どうして!?」 と私は思わず声をあらげた。

 「幸せになるためよ」 

 カホ自分の腹部へと視線を落とし、
 そのまま自身の手を腹部へともっていく。

 「どんなことをしてでも、なにをしてでも」カホの声が冷たくひびく。

 「わたしはわたしの幸せを手に入れるの」 

 「どんなことをしても……?」 

 「ええ、どんなことをしても」

 幸せになる。 

 カホが自分に言い聞かせるように、もう一度言う。 
 その言葉はしばらく私の鼓膜にこびりついて、はなれなかった。

92: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:54:56 ID:X0Nc9eZGV

 「……とまあ、だいたいこんな感じなわけ」

 私は話すのをやめて、カクテルを思いっきりあおった。 

 「先輩、飲み過ぎじゃないですか?」 

 後輩の声がぼんやりとしか聞こえなかった。
 この時の私は、たぶん酔っていたのだろう。 

 「それで?  そのあとはいったいどうなったんですか?」 

 「お父さん? 死んだよ」 


 後輩の顔がかたまる。
 予想通りのリアクションだった。

97: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:59:24 ID:X0Nc9eZGV

 「正確に言うと、殺されたんだよ」私は続ける。

 「さっきも話したけど。
 父がカホに手をあげて、一週間ぐらいしてからね」 

 「そうだったんですか」 

  後輩がしぼりだすように相槌をうつ。


 「てっきりさ、殺したと思ったんだ」 

 「え?」 

 アルコールのせいで、言葉がチグハグになってしまう。 
 私は言い直した。 

 「だから、カホがあの人を殺したと思ったの」

100: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:03:48 ID:X0Nc9eZGV

   「……なんでですか?」 

   後輩の声が低くなった気がした。
   私は構わずに言葉を続ける。 

   「いや、単なる勘。だって、ありそうな話じゃない?
   暴力ふるわれた女が、それをきっかけに男を殺そうとするって。
   ありそうじゃん、サスペンスとかで」 

   「でも、その人は先輩のお父さんを殺してないんでしょ?」 

   「おそらくね」と私はためいきをつく。
 
   「父が殺された時間帯、あの女には完アリバイがあったみたい」 

   そう。私の予想は外れた。 
   捜査の結果では、カホには完全なアリバイがあったらしい。

101: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:05:35 ID:NEUyYUB9G
    他人を洗脳するくらいできそうだな…ストッパー効かないくらい、人だって殺められるくらい追い詰められそう

102: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:07:34 ID:X0Nc9eZGV

   「犯人は捕まったんですか?」 

   「全然。いまだに捜査中だね。 もう半年近く前の話なんだよね」

   「本当に警察ってば捜査してんのかな」と私が言うと、後輩は苦笑いした。

   「犯人、早く見つかるといいですね……」 

   「そうだね」 

   私の返事は自分でも笑ってしまうほどにぞんざいだった。 

   「きみも気をつけて。世の中本当に物騒なんだから」 

   「そうっすね。オレも全身殴打で死亡とかいやですからね」 

   「はは、それは私もだよ」 

   違和感が脳のどこかで引っかかる。 
   でも流し込んだアルコールのせいで、
   その違和感は、あっという間に喉のおくに消え失せた。 


107: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:10:28 ID:X0Nc9eZGV

   「とりあえず、店出ましょうか」 

  後輩に会計をまかせて、私は店を出た。 
  遅れて後輩も出てくる。 
  夜風が肌を突き刺してくると、不意に不安が頭をもたげた。 

   「今日はありがとね。私の話、聞いてくれて」 

   「いや、少しでも先輩の力になれたならよかったですよ」 

  鼻のおくがツンとした。 
  アルコールのせいなのか、私は情緒不安定になっているのかもしれない。 

   「ここんとこさ、私の生活めちゃくちゃでね」 

   「……先輩」 

   気づくと視界が滲んで、目の前の後輩の輪郭さえ曖昧になっていた。

111: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:13:42 ID:X0Nc9eZGV

   「もう、どうしたらいいのかわかんないよ……」 

   知らず知らずのうちにあふれてきた涙は、なかなか止まりそうになかった。 
   そんな私の手を、後輩は両手で包んでくれた。 

   「大丈夫ですよ、先輩」 

   後輩の手は暖かかった。 
   私は彼を見あげた。
   後輩はさわやかに私にむかって笑ってみせると、 

    「先輩、大丈夫ですよ。俺がついてますよ」 

   その言葉がどういう意味なのかを聞き返そうとする前に、後輩の手が離れた。 
   彼は照れくさそうに笑っていた。 

    「じゃあまた今度会いましょう」 

    「……うん」 

    後輩とわかれて帰途につく。 
    私は彼が握ってくれた手に自分の手を重ねた。
    彼の体温が逃げないように。

113: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:16:16 ID:bLF9uWWhY
    家帰って殺されるオチやん…

114: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:18:19 ID:X0Nc9eZGV

  家に帰ると、カホがいつもどおりに私をむかえた。 
  父が死んでからもその笑顔は相変わらずだった。 

  「おかえり。今日は遅かったんだね」 

  「うん、まあね」 

  「なんだか気分よさそうだね。いいことでもあった?」 

  「べつに」 

  「この前、結婚について少し触れたけど、まだ細かいことは話してないでしょ」 

  そういえば、父が死んでからもうすぐ半年、つまり六ヶ月が経過しようとしていた。 

  「今度、私のその結婚相手の人に家に来てもらおうと思うの」 

  「そう、どうぞ勝手に」

115: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:18:52 ID:X0Nc9eZGV

  この女のことなど、どうでもよかった。 
  玄関に腰かけブーツを脱ぐ。 
  足はすっかりむくんでしまっていたが、気分は悪くはなかった。 

  「それで結婚相手の人なんだけどね」 


  ――って言うの。


  「……え?」 

  私は反射的に背後にいるカホを振り返っていた。
  カホの右手の薬指には、指輪が光っていた。 
  その手は彼女の腹部に置かれていた。

116: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:19:40 ID:X0Nc9eZGV

  「今なんて言った?」 

  「だから、結婚する人の名前なんだけど」 



 カホがもう一度結婚相手の名前を言う、とても嬉しそうに。 


 カホが言った結婚相手の名前。


   それは、私がさっきまで一緒に飲んでいた後輩のものだった。

118: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:20:37 ID:IBwlF9jQp
    ひええ…

124: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:21:55 ID:xib9dsV91
    イマイチ分からん話だけど気になる

125: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:23:02 ID:xib9dsV91
    つか旦那亡くして半年で次ってのもなwww

135: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:26:48 ID:ByqsDtMtD
    >>125最初からここまでが計画だということちゃうの?

126: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:23:19 ID:X0Nc9eZGV

 ここまで付き合ってくれてありがとう。
 こうしてキーボードを打つことでだいぶ冷静になってきた。

 だけどもうなにも考えたくない。
 考えたくないの。


 明日も早いしもう寝るね、おやすみ。

128: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:24:15 ID:xib9dsV91
    >>126
    は?これで終わり?
    ふざけんなks

129: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:24:33 ID:q8LWO2Yy1
    >>126ぞっとした
    とにかく乙

130: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:24:51 ID:gkiNWZhzM
   あれ、後輩に父親の死因言ってたか?

131: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:24:54 ID:yxMRmi3Q0
    うわぁ…
    これ今後どうなっちゃうんだろうな
    この先が知りたいが…乙

133: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:25:00 ID:rBr8STKlD
    家が乗っ取られる

139: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:31:00 ID:6qp7ObLLi
   殺されオチかと思ったら両親両方年下ファミリーエンドかよ
   予想外だった
   久々にゾッとできたわ

141: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)02:40:45 ID:4DWZEbg67
    つまり家だけ取られたってことか

144: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)03:04:13 ID:i1X9bGMSs
    読み終わった俺が一言



    色んな意味で恐い

149: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)04:41:56 ID:gF9Xyx9cq
    父さんの再婚相手な、大学生なんだよ

    これを告げられたのが半年前

    父が死んだのも半年前

    それでも俺はこのスレが好き

150: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)12:04:57 ID:EMIlXo4ZC
    怖くて面白い

93: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:54:58 ID:rBr8STKlD
  使わないコンセントはぬいて。そう言ったよね?

95: 名無しさん@おーぷん 2014/07/30(水)01:55:57 ID:Dd9bAvNuI
   >>93
   やめろ


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